サロンに立つアカデミーの講師

INSTRUCTORS

執事を教える人々

執事を教えるのは、現場を知る執事です。書物から学べることには限りがあり、実技は見てもらわなければ誤りに気づけません。ここでは、日本執事アカデミーの指導がどのような経験に支えられているのか、なぜ座学だけでなく実技を重んじるのかを、協会頭取の視点でご紹介します。

誰が教えているのか

実際に現場で仕えている執事が指導にあたります。理論の専門家ではなく、判断の現場を知る者が教える形にしています。

現場を離れた人が教えると、教える内容が実務から少しずつずれていきます。想定外にどう対処したか、なぜその判断をしたか。この部分は経験からしか語れません。

頭取も現場に立ち続ける

頭取自身が現場に立ち続けているのも同じ理由です。現場を知らなくなれば、語る言葉から真実が消えてしまいます。

例が毎月増える

講師が現場を続けていると、教室で使える例が毎月増えます。先週こういうことがあった、そのときこう判断した。作り話ではない例は、受講生の記憶への残り方が違います。

長い食卓の据えられた広間に立つ執事

なぜ実技を重んじるのか

所作は自分では誤りに気づけないためです。姿勢、間合い、音の立て方は、外から見てもらってはじめて直せます。

自分では丁寧に動いているつもりでも、音が立っていたり、視線が落ちていたりします。鏡を見ても気づけない部分が多く、指摘を受ける工程が不可欠です。

考えずにできるまで

また、実技には反復が要ります。頭で理解した動作を、考えずにできる状態まで持っていく。ここまで来てはじめて、相手を見る余裕が生まれます。

講師が黙っている時間

実技の時間に講師が黙っている場面があります。誤りに気づいて直したくなっても、受講生が自分で気づくかどうかを少し待つのです。指摘されて直した型より、自分で気づいて直した型のほうが残ります。

白手袋で茶器から碗へ注ぐ手元

どのように教えているのか

手本を示し、やってみせ、直す。この順を繰り返します。言葉で説明するだけの指導は行いません。

まず指導役が実際にやってみせます。次に受講者が行い、その場で修正します。何が違ったのかを言語化して伝えることで、次から自分で気づけるようになります。

少人数でなければ意味がない

少人数で行うのは、一人ひとりを見るためです。人数を増やせば効率は上がりますが、実技は見られていなければ意味がありません。

言葉にして返す

直すときは、何が違ったのかを言葉にして返します。「もう少し丁寧に」では次から自分で気づけません。「器を置く前に相手の手の位置を見てください」と具体に落として初めて、受講生は自分で直せるようになります。

やってみせる

指導役がまず実際に行います。言葉で説明するだけの指導はしません。

やってもらう

受講生が同じことを行い、講師はその場で見ます。人数を絞るのはこのためです。

言葉にして返す

何がどう違ったのかを具体的に伝えます。次から自分で気づけるようにするためです。
海を望むデッキに立つ執事

教えているのは技術だけではない

姿勢も教えます。守秘を守ること、目立たないでいること、相手を立てること。これらは書物では渡らないものです。

技術は教材にできますが、姿勢は人から人へしか伝わりません。指導役がどう振る舞うか、受講者はそれを見ています。教える側の所作が乱れていれば、言葉に説得力は生まれません。

守秘・規律・品格を掲げる理由

協会が理念として守秘・規律・品格を掲げているのは、この部分を曖昧にしないためです。

見えている分だけ伝わる

姿勢を教えるのに、言葉で言い聞かせる時間はほとんど使いません。講師が守秘を守っている様子、褒められたときに受け流す様子を、受講生は横で見ています。見えている分だけが伝わります。

蓄音機と絵の掛かった部屋の設え

指導内容はどこで確認できるか

コースの構成や日程、受講条件については、日本の執事学校である公式サイトに掲載しています。

本サイトでお伝えしているのは、なぜそのように教えているのかという考え方です。実際の日程や募集の状況は変わるため、公式サイトでご確認ください。

心構えは別ページに

学ぶ前に持っていてほしい心構えについては、別ページでお伝えしています。

教える側が得るもの

指導に当たる執事の側にも、教えることで得るものがあります。人に説明しようとすると、自分がなぜそうしているかを言葉にしなければなりません。長く現場にいるほど、その言語化が難しくなります。教室は講師にとっても稽古の場です。

花を中央に据えた、整えられた円卓

講師が見せられない型は教えない

言葉で説明できることは教科書に書いてあります。教室で講師がすべきことは、その言葉どおりに身体が動くところを見せることです。

本校には、講師が自分でやって見せられない型は教えないという決まりがあります。説明だけならいくらでもできますが、目の前でやってみせられないなら、その型は講師の身体に入っていません。入っていない型を人に渡すことはできません。

教える前に自分で稽古する

ですから講師は、教える前に自分で稽古をします。受講生の前に立つ日の朝、同じ所作を何度か通してから教室へ入ります。これは受講生には見えない時間ですが、見えないところで済ませてあるかどうかは、最初の一動作で伝わります。

教職だけの者を採らない

講師が全員いまも現場に立っているのも、この決まりと結びついています。教職だけを本業にする者を採らないのは、教室で使われる言葉が実務からずれていくのを止めるためです。先週じっさいに卓へ立った者が、その手の動きのまま受講生の前に出ます。

懐中時計と鎖を収めた革の小箱

教えていて最も難しいこと

何もしない時間の教え方です。手が空くと何かをしようとしてしまう受講生に、待つことを教えるのが最も時間を要します。

所作の中でいちばん教えにくいのは、動かないでいる形です。受講生は手が空くと、拭くものや運ぶものを探しに行きます。熱心さの表れなのですが、その動きが部屋の空気を落ち着かなくします。

まず立つ位置を決める

教え方としては、まず立つ位置を決めます。位置が決まっていれば、動かずにいることが手持ち無沙汰ではなく仕事になります。次に、その位置から何が見えるかを言わせます。卓の上のどの器が空いているか、扉のほうで誰かが立ち上がりかけていないか。見えているなら、動かなくても働いています。

待てる人は覚えが早い

待てるようになった受講生は、ほかの型の覚えも早くなります。動きを止められる人は、相手の動きが見えるからです。順序としては、待つことを先に教えたほうが結局は早く仕上がります。

講師のほうが教わることもある

理由を添えて型を教えると、受講生から思わぬ問いが返ります。協会の条文が改まってきたのは、その問いによるところもあります。

型には必ず理由を添えます。すると受講生から、その理由ならこちらの手順のほうが自然ではありませんか、という問いが返ってくることがあります。こうした問いは歓迎しています。理由を理解した人からしか出てこない問いだからです。

器を下げる向きが変わった

実際に、受講生の指摘から手順を改めた例があります。ある課程で、器を下げる順序について、左手側から下げたほうが相手の視界を遮らないという指摘がありました。確かめてみると、そのとおりでした。教科書はその学期のうちに直りました。

修了生が戻ってくる

修了した方が数年後に教室へ戻ってこられることもあります。現場で行き詰まった型を確かめに来られるのですが、その日は私が聞き手に回ります。現場を持つ人の困り方は、教室にいる者より具体的です。

古い衣装箪笥と上着、脇に置かれた帽子

よくあるご質問

誰が指導しているのですか。

実際に現場で仕えている執事が指導にあたります。想定外にどう対処したかという判断は、経験からしか語れないためです。

なぜ実技が中心なのですか。

所作は自分では誤りに気づけないためです。姿勢や間合いは外から見てもらってはじめて直せます。反復して考えずにできる状態を目指します。

少人数で行うのはなぜですか。

実技は一人ひとりを見なければ意味がないためです。人数を増やせば効率は上がりますが、指摘の質が落ちます。

講師はどのように選ばれていますか。

現場に立ち続けている執事から選びます。自分でやって見せられない型は教えないという決まりがあり、教えることだけを仕事にした講師は置いていません。

受講生の指摘で手順が変わることはありますか。

あります。器を下げる向きについて受講生から指摘を受け、教科書をその学期のうちに直した例があります。

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指導の内容や日程は日本執事アカデミーの公式サイトでご確認ください。

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